2025年師走に寄せて

こんにちは
2025年はあと5日でおしまいです。
皆様いかがお過ごしですか?
私は体調不良の日が多すぎて、無事年末を迎えられるかなあ?と心配してましたが、何とか生きていられそうです(笑)
今年69歳になりましたが、65歳頃からガタを感じる頻度が多くなりました。
3つ年上のお弟子さんから「先生、70過ぎるともうガタガタよ!60代とは違うからね〜」と脅かされていますが、年齢による衰えを実感し始めています。
特に私は声楽家なので、年齢が声に出て実感しやすいのかもしれません😢
愚痴っても仕方ないので、前向きに生きるしかない!!
ということで2ヶ月ほど前から朝5キロほどのウォーキングを始めました。
来年正月明けに白内障の手術を受けるのに伴って色々検査したら、何と高血圧と高コレステロールが発覚したのが大きなきっかけです。
私はほとんど肉を食べませんし甘いもの好きでもなく、割とヘルシーな食生活を送っているので「まさか!!」でした。。。
父方の家系は心疾患が多いので遺伝子を受け継いでしまったのかもしれません😰
薬でコントロールしたくないので、普段の生活を変えていこうと思っています。
ところで・・
年末は明治時代の障子を6年ぶりに張り替える作業をしています。
明治の建具は桟が細くて華奢な上、古すぎて桟が折れたり裂けたり虫食いの被害にあったりで修復しないと障子紙が貼れません。
一枚の障子の修復に数時間かかり思いがけず難航しています。
古い物を現代生活で使うって大変ですよ〜!!

そんなこんなでも、ここまで生きて来られたことに感謝ですね。
今年も一年ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
1ヶ月前の演奏です。宜しかったらお聴きください。
師走と私の演奏と・・

こんにちは!
師走ですね〜
皆さん大掃除始めていますか?
我が家では毎日少しづつやって気づいたら大掃除が終わっていたという作戦で、チマチマやることにしました。
最大の難所の高い梁ですが、頑張りまーす💪
移住してから7回目の梁掃除が毎年私の仕事になってるのは何故〜??


広い庭の樹木の剪定もなかなかの重労働で、アラ古希の我が夫婦には応えます。。
好き好んで田舎暮らしを始めたのだから仕方ないですけどね!!
・・
ところで11月29日の声楽発表会は無事終了しました。
自前のホールでコンサート、打ち上げパーティーも我が家というのはかなりの重労働。。
自分も演奏するから余計に疲れるってこともありますが・・
気力体力も少しずつ衰えて来ているので、いつまで出来るかな〜!
75歳までは頑張るつもりでいるんですけどね🤭
当日のプログラムからトスティ作曲「セレナータ」をアップしましたので、宜しかったらお聴きください🎵
永田直美門下声楽発表会のお知らせ

「永田直美門下声楽発表会」と入力しましたが、無料のAIは見事に文字を省略してくれました.
築150年のお蔵を小さな音楽ホールに改修し、2020年から始めた門下生の発表会はお陰様で11回目を迎えることが出来ました。
もちろん私も歌います。
今回の入場受付は終了しましたが、記録のためアップします。


文化勲章受賞のコシノジュンコさんの思い出
過去ログの引っ越しが終わりました!!

こんにちは!
八ヶ岳南麓はすでに初冬です。
庭の樹木はハラハラと葉っぱを落とし、10月の半ばからストーブ生活が始まっています。
夏がどれほど暑くても、いつもと変わらぬ時期に冬がやって来るんですね!!
さてgooブログが閉鎖されるのに伴う引っ越し作業が終わりました。
過去ログは<NAOMIエメラルドグリーンのクレフ1>にまとめました。
2006年〜2013年は今より多忙だったと思うのですが550本もの記事を書いていたので、それを1/3程度に減らして転載しました。
ブログを始めたのは19年前、50歳の時です。。
5年に及んだ父の介護から老人ホームへの入居で一気に解放され、再び自分の人生を取り戻した頃でした。
2008年に神奈川で家を新築し「終の住処」と決めたはずが、11年後には八ヶ岳南麓に移住してるのですから人生って分からないものです。
でもブログを読み返すと、その頃から作物を育てたり移住を意識していたので、結局は思った通りの人生だったと今は思っています。
もし宜しかったら過去ログも覗いてみてくださいね。https://n-aomi1214.hatenadiary.jp/

神様が宿るピアニッシモ
11ヶ月ぶりの更新です。
facebookやYouTubeに投稿しているとブログがお留守になってしまいます。
滅多に更新しないブログを読んでくださる方はいないだろうなあ・・と思いつつ、他のメディアでは言えない想いを綴ってみたいと思います。
ところで、今年はショパンコンクールの年・・
日本からは3人の方がセミファイナル(三次予選)に残りました。
みなさん半端なく上手なのですが、この人は次元が違います。
圧倒的な表現力と指先の細胞の隅々まで神様が宿っているようなピアニッシモ!!
絶妙なピアニッシモ(とても小さな音)と、一音一音が決して粗末に扱われていないレガート・・
私の貧困な語彙力では表現できないので、ご興味のある方は聴いて感じてみてください。
進藤さんのピアニッシモを聴いて、
「音楽の神様はピアニッシモに宿る」のを感じます。
微かな音に心や耳が惹き寄せられるんですね。
ピアニッシモは難しい技術です。
私の専門の声楽でも最難関の技術で、これを手に入れることができたら表現が自由自在になります。
・・
私は30年間、藤原歌劇団や新国立劇場のオペラ公演でソリストとして歌っていました。
声種がメゾ・ソプラノということもあり、たまには主役を歌いますが、ほとんどがバイプレーヤーでした。
すなわちソロを歌う場面がそれほど多くなく、アンサンブルとなれば女声の低いパートを受け持つ役割だったわけです。
でも私はこの立ち位置がとても気に入っていて、バイプレーヤーだった故に、世界の一流オペラ歌手と一緒の舞台に立つ経験を多く積むことが出来ました。
ただし大きな舞台に立ちながらも「歌う場面が少ない」というのは、「ピアニッシモを表現する場がない」とイコールなんですね。
数十小節の短いソロをピアニッシモで歌ったら、ただの聞こえない歌手なだけで役割が果たせないんです。
バイプレーヤーに求められるのは演技力とホールに響く声で、音楽性は二の次でした。
そんな経験の中、声のボリュームにフォーカスし過ぎるようになっていきました。
とんでもない思い違いをしたまま更年期の洗礼を受け、50代半ばにとうとう声が出なくなりました。
女性ホルモンが声に及ぼす影響に愕然としましたが、今思えばテクニック不足が招いた声のトラブルの側面があったかもしれないと思っています。
57歳でオペラを完全引退、関東での生活に区切りをつけ、2019年に62歳で八ヶ岳南麓に移住しました。
移住後から声の再訓練に取り組み、5年経ってようやく自分が目指すべき声と音楽の方向が見えてきました。
歳とともに声の体力や柔軟性は失われ、日毎に変わる体調との戦いは無視できませんが、身体や空間の隅々まで意識を巡らせて表現することが実感として分かってきたのです。
これはもしかすると、舞台を諦めたことと仕事量が激減してゆとりが出来たおかげかもしれません。
老いた身体でどこまで技術が伸ばせるか分かりませんが、若い頃には気づけなかったピアニッシモを表現できる歌い手になりたいと夢見ています(笑)
23歳のピアニスト進藤実優さん(何と私の1/3の年齢‼️) の表現とピアニッシモを聴いて「私も神様が宿る音楽を表現したい」との想いが沸いています🎵
・・
最近はボランティアで歌うようになりました。
どんな舞台でも私にとっては大切なステージです。
🎵私の声楽教室のご案内です↓↓
永田直美声楽教室のご案内 (北杜市大泉町&新宿にて開講しています)
八ヶ岳南麓里山日記〜魂の囁き・・

ご無沙汰しています。
私は元気です。
完全移住から5年が経ち、裏道をたくさん覚え、すっかりジモティになりました。
12月8日に門下会の声楽発表会を開催するにあたり事務仕事をしていたら、たまにはブログを書こうという気になりました💦

私は間もなく63歳になろうとしている晩秋に八ヶ岳南麓に完全移住しました。
それから5年経ち、来月には68歳になります。
田舎暮らしを始めてからというもの、庭や畑の手入れに忙しい時期と突然暇になる冬の過ごし方で悩んだこともありましたが、少しづつコツが掴めてきました。
そんな中・・
最近は「人生の残り時間」について思いを馳せるようになりました。
「忙しい生活」や「追われる生活」をしたくないので仕事量を増やすこともなく坦々とやってきましたが、それで良いのか?という思いがフツフツと湧き始めたのです。
限られた命の時間の中で、私に出来ることがもっとあるのではないか・・と思い始めているのです。

私は中央の大きい舞台で活躍したオペラ歌手でした。
その傍、後進の指導も長年続けています。
今の私は自分の経験と実績に裏付けられた能力を使い切れていないと、心底思うのです。
では何をどうするか・・
霧の向こうに朧げに見えるものがありますが、まだはっきり見えません。
「小さくても動き始める!」という魂の囁きだけが聞こえてきます。
年齢を重ねた人に「ダウンサイジング」という言葉が投げかけられたり、年とともにショボい生き方になりがちですが、
今日私に降りてきたキーワードは「膨らむ生き方」でした。
名誉も物も、そういった類のものは何もいらないけど、自分の魂が輝き、歌を愛する人の魂がもっと輝くためのサポートを、もっともっとしたい・・命が続く限り・・やり続ける!!
そのためには今までのやり方だけでは足りないのです。

同時に自分の中に葛藤もあります。
先に書いたように「忙しい生活」にこりごりしているので、再び忙しくなることへの恐怖があるんですね。
時間に追われることがほとんどない今は、とっても心がゆったりしているのです。
お弟子さんたちも相性のいい人ばかりでストレスがありません。
でもこのまま年老いてしまうわけにはいかない感じなんです。
そんなわけで「自分のハラ」と向き合う日々が続いています。
多分そのうちハラが何か言ってきて覚悟が決まる時が来るはずと思っています。

12月8日の門下会発表会の宣伝です。
お近くの方、よろしかったら足をお運びくださいませ。
八ヶ岳南麓里山日記〜移住から4年9ヶ月が経ちました。

久しぶりの更新です。
私は元気で暮らしています。
日々の暮らしをfacebookに投稿しているうちに、ブログの存在をすっかり忘れていました。
月日が経つのは早いもので、神奈川から八ヶ岳南麓850mの里山に移住して4年9ヶ月経ちました。8ヶ月の二地域居住期間を含めると5年5ヶ月が過ぎたことになります。

築140年の古民家をリノベーションし、更地に戻してもらった庭に木を植え、芝を張り、小径を作り、コツコツ整備してきました。
庭の樹木は5年でずいぶん成長しました。
雑草に覆い尽くされた裏庭のアイデアが湧かなくて3年ほど放ってありましたが、<野草と共存するナチュラルガーデン>というワードが降ってきました。
ナチュラルガーデンの良さは「お手入れがソコソコで済む」ことです😀
冒頭のアーチの写真はナチュラルガーデンのゲートです。

敷地続きで家の南にある60坪ほどの菜園は、シニア夫婦の胃袋を満たすのに十分な恵みを与えてくれています。
神奈川でやっていた市民農園と比べて気候の違いで夏野菜の実りが遅くて少ないですが、それでも知り合いにお裾分け出来るほどの収穫があります。
余った野菜は干したり漬物にしたり、大量消費メニューを考案したりして無駄なくいただく工夫をしています。
冬には20キロの味噌を仕込み、寒冷地ならではの野沢菜漬けや高菜漬けを作ります。
もちろん梅干しも手作りし、梅酒などの果実酒や庭で採れるベリー類やルバーブでジャムを作り冷凍庫に保存して楽しんでいます。

夏場は草取りに明け暮れる日々です。
なにしろ広いので一周回って元の場所に戻ると草ぼうぼうです💦
62歳で移住しましたが、65歳を過ぎるあたりから草取りでしゃがみ過ぎたのか膝が痛むようになりました。
移住早々、手の使いすぎでばね指になり、とうとう膝まで痛めるとは、田舎暮らしは楽じゃありませんね!!


「スローライフは忙しい」と聞いたことがありますが、野良仕事と保存食作りに追われ、大抵のものは一から手作りするので、まったりのんびり・・とは行きません。
もし都会暮らしを続けていたら、運動の習慣がない我が夫婦は身体を動かすことがなく老化まっしぐらだったと思います。

私は元オペラ歌手で、現在は新宿と自宅の<お蔵の小さな音楽ホール>で生徒さんに声楽を教えています。そして年に数回は小さなコンサートを開いています。
・・2017年の7月6日にひょんなことから古民家に出会い、八ヶ岳南麓への移住を決めてしまったときには、自分の声楽家人生がどう展開していくのか・・あるいはもう終わってしまうのか・・未知数でした。
八ヶ岳に呼ばれちゃった・・というか・・一瞬でこちらに来ると決まっちゃった・・
とりあえず、移住する時にそれまでの仕事を全部手放しました。
それから手探りで再スタートを切ったわけですが、仕事量は前の1/3に減ったものの、まだ歌人生を続けることができています。
「ああだからこうだからと理由をつけて何々出来ない!!」ってことはないんだなあというのが実感です。
あれもこれも・・何だって思った通りになるのが人生なんですね!!
色々書いてたら何が何だかわからなくなりました😅

長文にお付き合いくださりありがとうございました。

永田直美声楽教室のご案内 (北杜市大泉町&新宿にて開講しています)

新国立劇場や藤原歌劇団など、第一線のオペラの舞台のソリストとして活躍したオペラ歌手のレッスンを受けてみませんか!
2019年の秋に神奈川より移住し、2020年5月に八ヶ岳南麓の築150年の蔵を改装した音楽ホールで声楽のレッスンを始めました。
分かりやすくて丁寧なレッスンは、多くの生徒さんから絶大な支持を受けています。
良く響く声が出るようになると歌うことが楽しいばかりでなく、人生そのものに張りが出て楽しくなります。
歌を愛する皆さんの世界がもっともっと広がります。
オペラの世界は敷居が高いと思っている方!!とにかく一度レッスンを受けてみませんか?
アマチュアの方も大歓迎。受験指導もいたします。
🎵お蔵の小さな音楽ホール(自宅)でのレッスン・・(1時間〜1時間半程度)
*月2回以上・・7,000円/1レッスン
*月1回のみ・・8,000円/1レッスン
♪ 駐車場完備
♪ 電車の方は最寄駅の小淵沢か長坂駅まで送迎いたします。
🎵新宿オトレンでのレッスン・・(1時間:スタジオ料金込)
*1レッスン・・11,000円
♪ 都営新宿線「新宿3丁目」から徒歩3分
♪ 副都心線「新宿3丁目」から徒歩4分
♪ 新宿駅から徒歩10分
🎵 Web レッスン・・遠方で通えない方、レッスンに通う時間が取りづらい方向け
*1レッスン・・8,000円・・(1時間〜1時間半まで)
*レッスン日時はご相談の上決めさせていただいています。
*年に二回は<お蔵の小さな音楽ホールSala lirica>で発表会を開きます。
*どのようなレッスンか知りたい方は聴講を受け付けていますので、お気軽 にご連絡ください。
お問い合わせ・レッスン申込みは下記のアドレスよりお願いいたします。
matsnao7031@gmail.com
レッスン場:北杜市大泉町谷戸(ひまわり市場より900m)
お蔵の小さな音楽ホールSala lirica のページはこちらです ↓
https://www.facebook.com/singer1214matuokanaomi/?modal=admin_todo_tour

♪ 講師略歴 ♪
永田直美(Mezzo soprano)お蔵の小さな音楽ホールオーナー
静岡県掛川市生まれ、浜松市育ち。
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。文化庁派遣芸術家在外研修員としてミラノに留学。
オペラ初舞台は1981年メノッティ<領事>の秘書役。
'86年藤原歌劇団<カヴァレリア・ルスチカーナ>ローラ役で本格デビュー後、<カルメン>タイトルロール、<運命の力><蝶々夫人><椿姫><マクベス><アンドレアシェニエ><ルチア><清教徒><ノルマ><チェネレントラ><ロミオとジュリエット><リゴレット><アドリアーナ・ルクブルール>など数多くの公演のメゾの重要な役で活躍した。2005年同団を退団。’06年東京二期会に移籍。’19年二期会退会。
’90年NHK Mozart Year公演<魔笛>に、時のNHK交響楽団常任指揮者W.サヴァーリッシュ氏のオーディションにてダーメⅢに抜擢’され、以後90~'94NHKニューイヤーオペラコンサート連続出演。数々の舞台で数多くの世界的歌手との共演をしている。
'96年初のソロアルバム<誘い>をリリース。
新国立劇場には'98年から12年間に渡り、<蝶々夫人><天守物語><ナブッコ><リゴレット><椿姫><アラベッラ><エフゲーネ・オネーギン><マノン><マノン・レスコー><黒船><鹿鳴館>等のメゾの重要な役で活躍した。
びわ湖ホールのこけら落としオペラ公演<ドン・カルロ>の難役エボリ公女では絶賛を博した。他に横浜シティオペラや東京室内歌劇場、第一回浜松市民オペラ<カルメン>の主役、<三郎信康>の徳姫役など数多くのオペラ公演でも活躍した。
東京室内歌劇場<白虎>の母親役ではブルガリアのソフィア音楽祭に招かれた。
1990年〜1994年<NHKニューイヤーオペラ>にソリストとして連続出演。
上記の他、<ルイザ・ミラー><エルナーニ><シチリア島の夕べの祈り><ドンキ・ホーテ><ラ・ジョコンダ><フィガロの結婚><コジ・ファン・トゥッテ><霊媒><修道女アンジェリカ><月の世界><ヘンゼルとグレーテル><こうもり><袈裟と盛遠><よさこい節><祝い歌の流れる夜に><泥棒とオールドミス><サントリー10000人の第九>アルトソリストなど、多岐にわたるレパートリーで重要なメゾの役を担った。
2010年より後進の育成の場として<Concerto delle stelle>シリーズをプロデュースし、またFiore di lirica オペラ小劇場公演を主宰し<カルメン><泥棒とオールドミス>を企画主演、他にミュージカル<The Sound of Music>を企画制作した。
浅地庄太郎賞、村松賞受賞。アンジェリカ・カタラーニ国際音楽コンクール歌曲部門二位、浜松ゆかりの芸術家顕彰者。
オペラ歌手として舞台に立ちながら、愛知県立芸術大学・昭和音楽大学・千葉大学・二期会オペラ研修所の講師として後進の指導にあたり、2019年に神奈川から八ヶ岳南麓に移住した。
八ヶ岳南麓里山日記〜思秋期

こんにちは!!
八ヶ岳南麓にも少しづつ春が近づいている今日この頃です。
のっけから暗いタイトルでどうしちゃったの??・・と心配してくださる方がいるかもしれませんが、私は概ね元気ですからご心配なきようお願いします(笑)
ここ2ヶ月くらい、YouTubeに過去の演奏動画をアップする作業をしています。
今ちょうど1994年あたりまでアップしていて37歳の自分と対面しているところです。
30年近く昔の自分だから若いのなんのって・・当たり前ですね・・
昔の録画を見てると(聴いてると)、37歳の自分に戻ってしまい「その気」になってる自分がいるんです。
その気って?!・・つまり今の自分を忘れるというか、その頃の自分になりきってしまうというか・・
まあそれはそれで気分的に若返るから良いのですが、現実の自分を直視した時のギャップがこれまた大変なもので、はっきり言って辛いものがあります。
歳とともに声の艶が失せ、思うように歌えなくなっています。
色々工夫して練習するんだけれども、坂道を転げ落ちるのを止められません。
ほんの短い曲でも集中力が持たなくなっています。
集中力が持たないのは歳のせいもありますが、声を支える腹筋や背筋の持続力がなくなってるせいもあるかなあと、ダンベルを持ち出して筋力アップ試み始めたところです。

あっこれ!痩せたい訳じゃなくて、絵がわかり易かったので使わせてもらうことにしました。
ああ、何という執着なんだろう・・ここまでしてまだ歌いたいの?
今思い出しましたが、時の藤原歌劇団総監督の五十嵐喜芳先生とカルメンのハイライトをあちこちで歌わせてもらっていた時期がありました。30代半ば頃です。
ホセはもちろん五十嵐先生でした。
そのころの先生のお歳は今の私より少しだけ若かったけれど、オペラの舞台はすでに引退されていました。
奥様がマネージャーとしていつもいらしてて、その奥様の厳しいことったら・・
「もう声が揺れてるんだから歌っちゃダメですよ!」
まあ確かに、先生の声は船に乗っているのかと間違えるほど揺れていました。
五十嵐先生はご自分の声の事をよく分かっていらっしゃったと思います。
でもとっても歌いたいかったんでしょうね。
当時の藤原歌劇団で正月恒例の<椿姫>では伝令の役で突如舞台に出てきたり、全国を巡業していた<蝶々夫人>では、ピンカートンを待ち侘びる蝶々さんとスズキが影絵のように舞台に映し出されるシーンでの陰コーラスに混じって歌ったりなさってました。
大揺れながらも良く通る先生の声が妙に目立っていて、舞台で影絵のように止まっていたスズキ役の私は吹き出しそうになるのを必死でこらえたのを懐かしく思い出します。
あの時、先生は声楽家として最後の足掻きをしてらしたんだと思います。
それは後に、先生の自伝を読ませてもらって知ることになりました。
声の衰えを少しでも食い止めようと、陰で必死の努力をされていたのです。
その時の先生のお姿と今の私が重なります。
夫から「自己満足の酷い声と歌!!」と揶揄されても、まだ歌うことを諦められないのです。
命懸けでやってきたことが声楽でなければ良かったのに!!
絵描きならまだ描けるし、楽器奏者だったらまだ弾ける・・
もうずいぶん下手になってしまったけれど、まがい也にもプロとして歌ってきた身としては、これ以上酷い歌をお聞かせするわけには行かないなあ・・というのが率直な気持ちです。
どういう形で自分に落とし前をつけて行くのだろうか・・
同世代の声楽家はいったいどんななのだろうか・・
歌を何かの形に昇華させることは出来るのだろうか・・
長文にお付き合い頂きましてありがとうございました。
それではおやすみなさい。
Naomi〜Vissi d'arte Vissi d'amore
https://www.youtube.com/channel/UComGYECetT5Se9ZZX-DA9CA





