左利きと右利きの脳の使い方
こんにちは。
本日の座間地方・・雲が多いながらも晴れのお天気になっています。
昨日、試験の休憩時間に控え室でポットからコーヒーを注いでいたとき、先輩の先生から「あれ、左利きなの?」と聞かれました。
そうです!!
何を隠そう、私は左利きなんです。
でも子どものころ、箸と鉛筆の持ち手を右手にするという練習をさせられたので、箸と鉛筆は右で使います。
大豆を箸の先で取って器に移すという厳しい訓練の結果、ワタクシの箸使いは上手な方なのではと思います。
その流れで包丁も右手を使います。ハサミは本当は左手を使いたいのですが、一般的に右仕様のため右で使うのが習慣になっています。でもカッターナイフは左で使います。
左利きは人口の9割の占める右利き仕様に合わせた形で生きているのが実際のところです。
が・・
針や汁物のお玉などは左でしか使うことが出来ません。
あと、日常のもろもろは全て左手というのが普通です。
鉛筆は右手で消しゴムは左手で使います。
ふと気がついたのですが、左利きで生活するのが不便なため、左利きをあまり良くないことのように思っていたフシがあります。
たとえば駅の改札・・カードを読み取る機械は右にあります。
私は右で持つことが出来ないので、左手を交差させて右側の機械に当てています。
実はそれを少し恥ずかしいと思っていました。
日常の道具は全て右利き用に作られていて、左利きの私はそれに合わせて対処しなければならないので、生活そのものへの感覚が右利きの人とは違っているんじゃないかと思います。
オペラの舞台でも左利きゆえに大変なことが色々ありました。
扇子を右手で持つとか、数え挙げたらきりがないほど、舞台のたびに左利きゆえの不便さと対峙していました。
一番困ったのは、新国立劇場のヴェルディ作曲「ナブッコ」というオペラで姉役のアビガイーレ(私はフェネーナ役)と剣を交えるシーンでした。
相手役が外国の方で、通し稽古の直前に来日し、ほとんど練習する間がありませんでした。
自分で稽古していったのですが、右手に剣を持つことが出来てもそれを上手く使うことができません。
大学の授業でフェンシングをやったことがありましたが、その時もとても苦手でした。
私には才能がないと決め込んでいましたが、今考えれば右利き用のやり方で左利きの私が上手く出来るはずがありません。
本来の自分に合っていない動きを無理矢理するわけですから、上手に出来るはずがありませんね。
運動神経は良い方でしたが球技が全くダメなのは、右利きの選手と同じ動きを訓練させられたからなんだと思いました。
ボールを投げるのが下手なのも、バレーボールのサーブが下手なのも、左手での投げ方を教えてくれる人がいなかったからです。
私が育った時代は左利きへの理解がなく、矯正したり隠したりするものだったんですね。
そんなもんだと生きてきましたが、最近は左利きで堂々と生きている人が多くなりました。
左利きは社会的マイノリティーなんですね。
脳の使い方も多分、右利きの人たちとは違うと思います。
もう一つ付け加えると、左利きは右利きより9年も短命なんですって!!その理由は・・
右利き仕様の車とか、色々・・左利きには合わないことが多すぎて事故に合いやすいからとか・・ホントでしょうかねえ?
何だか、いつも世間と違う感覚を持ってしまう理由が分かったような気がします。
それでは皆さん、今日はこの辺で。