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NAOMI〜エメラルドグリーンのクレフ2

半農半Xを目指して。過去ログ2006~2013:http://blog.goo.ne.jp/n_aomi1214

個とは?

こんばんは。

本日の座間地方は曇☁☁

肌寒い一日でした。

 

・・昨日<小さな村イタリア>という番組を見てましたら、 たまたま90才過ぎのお年寄りの様子が映し出されていました。

お年寄りになると人種とか国籍とか関係なく、皆同じ感じになるんだなあと思いました。

日本的に言うと「枯れた」とか「子ども返り」の感じなのですが、その言葉だけでは表現出来ないものを感じました。

それは「個がなくなる」という表現が合っているように思いました。

私たちは今、明確に「私」という感じを持っています。自己と自己でないものとの差異を当たり前に識別しているのではないかと思います。

かなり老齢まで生きて、自分と自分でないものの識別をしっかり持ち続けている人ってどれ位いるのでしょうか?

80才を越えると、かなりの確率で程度の差こそあれ「認知症」になるのだそうです。

「ボケた」といえばそれまでなのですが、実はそうではなく、自己と自己でないものとの境界が曖昧になり「ひとつのもの」に近づくプロセスの状態とも言えます。

私達は「自分という個」を認識して生きていますが、乳児・幼児期はどうだったのでしょうか。

成長する過程のどこかで強烈に、あるいはだんだんと、「自己」が生まれ、それが自分だと思ってずっと生きてきていますが、その「自分」は老齢になりこの世を去るときまで「ある」ものなのでしょうか。

そう思うと「自分」と思っている「自分」は人生の一時(いっとき)の幻想なのかと思います。

この「自分という幻想」に気づくと、本当の意味で人も自然も全て繋がることが出来るのかもしれません。

また老齢化による「認知症」は悪いことばかりでなく、やがて「ひとつ」に返るための恩寵ではないかとも思うのです。

「自分という幻想」から醒め、やがては「ひとつに返る」宿命のもとに生きている私たちです。せっかくの人生を仲良く、慈しみ合って生きたいものです。

それでは皆さん、ごきげんよう!