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NAOMI〜エメラルドグリーンのクレフ2

半農半Xを目指して。過去ログ2006~2013:http://blog.goo.ne.jp/n_aomi1214

自己の内部の核

こんにちは!

本日の座間地方は大山山系が霞んでいるものの、キリリとした晴天になっています。

久々の完全オフでしかもマルセル君もオフ日・・ということで、これから映画を見に行きます。

ゼロ・グラビティ」(無重力)という作品。

わたし的にはあまり興味がないのだけれど、ぜったいに面白いからということで見に行くことにしました。

私たち夫婦は外出好きではないので、休日は家で過ごすことが多いです。「出不精」が慢性化している感が否めないので、月に一度は一緒に映画を見に行こうということに決めました。

先月は「かぐや姫の物語」を見ました。これ好きな映画でしたね。また見たいです。私は雲に乗って阿弥陀如来や菩薩たち天女たちが、楽しげな音楽とともにかぐや姫を迎えに来るシーンが特に印象的でした。あそこの絵がまた見たくてパンフレットを買いましたが、残念ながら載っていませんでした。私は次の世にどうやっていくのか興味があるのですが、一般的にはそうでもないようです。

あんな風に楽しい音楽で阿弥陀如来や菩薩たちが迎えに来てくれるなら、次の世に行くのが楽しみだなあ♡♡♡

話しは変わりますが、私は最近セスの「個人的現実の本質」という本を読み返しています。(4回目の読破です。)その中にハッとさせられる文を見つけたのでご紹介します。

何回読んでも、その時々で心に引っかかる箇所が違うので面白いですね。

 

・・前略・・「・・誰でも自分自身の<霊的なパワーの場>があり、それを放棄してはいけない」、「どんな病気その他の状態であれ、これを侵害することはできない・・欠乏よりもパワーの観点から考えた方がはるかにいい・・生命の力、動きの力。話す力など。人々はそういう力と、外部環境や他の人を支配する力を混同しているから、なぜ支配力が及ばないのだろうと思う・・」

「けれども人はみないずれ気づかなければならない。一つの領域において自分のパワーを放棄すれば、自己の内部の核とパワーの霊的な領域もある程度、脅かすことになるのだ。どんな領域においても無力さを信じれば、それがネガティヴな暗示として作用し、その他の領域でも無力さを生じさせうる。」・・後略・・

 

これを自身に当てはめてみると、私の<霊的パワーの場>は歌です。12歳から始めた歌を続けていくことに精神的・経済的・肉体的に困難と感じる経験を何回もしてきました。でもそのたびにどうしても「歌」から離れられない、「歌」を棄てることの出来ない自分がいて、ずっと歌の世界で生き続けています。

最近も「老後は歌のない世界で憂いなく暮らしたい」と夢想することがありました。でもそのことを突き詰めて考えていくと、「歌は自分の生命の核であるから放棄してはいけない」と強く思うようになりました。

歌がなくても生きていけるように思うけれど、苦しくても「歌があるからこそ」のこの命・人生と思います。そんな自分にシンクロしてきたセスの文章でした。

人間、一つ事に10年打ち込むと遺伝子レベルから変化してしまうんだそうです。

私は45年も打ち込んできて、もう歌と一体化しているから切り離そうったって無理なんだなあと思いました。

「歌」が命も心も助けているんです。

      それでは今日はこの辺で!!