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NAOMI〜エメラルドグリーンのクレフ2

半農半Xを目指して。過去ログ2006~2013:http://blog.goo.ne.jp/n_aomi1214

言葉から生まれる人間の執着

こんにちは!

本日の座間地方は晴れ!

大山山系が霞んでいるのは陽気がいいからでしょうね。

まさに小春日和です。

 

昨夜は「タオー老子」からの一節をご紹介しましたが、今日は平行して読んでいる「禅とタオ」(禅僧の板橋興宗氏と加島祥造氏の対談)から、<言葉から生まれる人間の執着>の前後をご紹介したいと思います。(・・は中略・後略などです)

 

(板橋):過ぎ去ったことをとやかく考えるのは人間だけです。

それは言葉を覚えた人間が、あれこれと考える能力を持ったからです。

人間の執着は言葉を使って考えるから生じるので、言葉で考えたことを一度打ち消すというのも大事だと思います。

言葉を打ち消すのに「ナンマイダ」とか「ありがとさん」とか「ワンツースリー」でもいいから、こころの中で唱える。

「家に帰ったら、ああしてこうしておいしいものを食べたい」と考えたとします。そのときに、「ワンツースリー」と言ったら、私の脳の中の黒板がすうーっと消されます。

また出てきますけど、それをまたできるだけ無意味な言葉を唱えて消す癖をつけたほうがよい。・・また、脳生理学的に禅を考えると、座禅するとセロトニンという脳内物質が出るそうです。それが無心につながるのではないかと思います。

(加島):座禅や念仏の効用の一つですね。

(板橋):そうです。意味のないことを単調にやることに意味があるのです。散歩でもトットットッ・・とやるとか、田を耕すにしても、「これはいくらになるかな・・」なんていう打算はせず、ただ単調に体を動かす。それがその人の脳やセロトニンや脳波にとって大変いい。言葉の世界から離れることが大切です。・・・

人間は、頭の中では日に多くの言葉で考えている。それがいちばん問題です。思考や言葉を離れ、体でわかることが大切です。

「なんだ、寒いのにこんな山の中を歩かせて!」とか「こんな遠いところを歩かせて!」とか、人間は頭で考えるのです。

体でわかるとは、「寒いなあ」と寒さを感じたり空腹を感じるように、頭を働かさない。言葉をつなげないことです。・・

考えないのではないのです。「考えない」と抑え込むのではなくて、いつも頭の中をゼロにしておくのです。・・

私のいう体でじかにわかるというのは、観念の世界から抜け出せということです。

普通、我々は「今、ここ」におりながら、もう家のことを考えている。現実というのは「今、ここ」しかないのに、絶えず頭は別のことをかんがえている。

だからいつも満たされた実感を持てないのです。

それが実感で生きるとは、頭をあまり使わないで、「今、ここ」に息している現実を実感しているということです。

・・                  以上

 

この本は一週間ほど前に購入し一気に読み終えましたが、こうして書いてみるとまた理解が深まります。

ちなみに私は思考が巡りそうになったとき、「チャンチャン!」と節をつけて唱えます!

 

    それでは今日はこの辺で!!